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京都地方裁判所 昭和55年(ワ)1314号 判決 1983年2月28日

原告 徐永光

右訴訟代理人弁護士 最上哲男

被告 八代勝弘

右訴訟代理人弁護士 中田順二

主文

一  被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和五五年八月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対し金四〇〇万円及びこれに対する昭和五五年八月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに一項につき仮執行の宣言を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二主張

(請求原因)

一  原告は、別紙物件目録(一)の(1)記載の土地(以下第一土地という)及び同地上の同目録(一)の(2)記載の建物(以下第一建物という)を所有して、昭和五一年三月以来これに居住している。

二  被告は、第一土地の南側に境界を接して別紙物件目録(二)の(1)記載の土地(以下第二土地という)及び第一土地の西側に境界を接して同目録(三)の土地(以下第三土地という)を所有していたが、昭和五四年一〇月ころ、第二土地上の旧家屋を取壊し、同年一一月ころ第二土地、第三土地にまたがって、別紙物件目録(二)の(2)記載の建物(以下第二建物という)を建築した。

三  しかして、第二建物は以下のとおり違法な建築物であり、被告は、施行業者の訴外古川寛治と共謀してこれを建築し、もって次項のとおり原告に損害を与えている。

1 第二建物は、第一土地との境界線ぎりぎりに接着して建てられており、最も離れたところでもわずか五、六センチメートルの距離を置いているだけで、民法二三四条一項に違反している。

2 第二建物建築にあたって、被告は、一級建築士に全く別の建物の設計図を作らせ、これに基づいて建築確認を得たうえで、該建築確認済票を工事現場に掲げて適法な建築工事を仮装しながら、これとは全く別個の鉄骨・軽量鉄骨造りの、延べ面積が一〇〇平方メートルを超え、かつ建ぺい率の制限にも著るしく反した第二建物を建築したもので、建築基準法六条一項、七条、七条の二、五三条一項、建築士法三条の二に違反している。

3 また、境界ぎりぎりに第二建物を建築するため、原告の旅行不在中をよいことに境界上に存在した原告所有の板塀を無断で撤去し、かつ、第一土地に侵入して工事を行ったものである。

四  また、被告は、第二建物内の、第一建物に最も近接する北側壁面に接して酒類販売業用の大型冷蔵庫を設置し、このモーターにより、原告に対し受忍の限度を超える騒音と周波音を及ぼしている。

五  被告の以上の不法行為に基づく原告の損害は、以下のとおり合計四〇〇万を下らない。

1 日照、採光、通風等の生活利益の毀損による損害

本件土地周辺地域は、大手業者の開発にかかる良好な住居地域であり、画地の配置等についても、日照、採光、通風等について格段の配慮がなされており、原告も、適度にして充分な程度にこれらの利益を得ていた。しかるに、第二建物の建築により、第一建物一階の南側及び西側の窓は完全に塞がれてしまい、陽光を奪われ、常時螢光燈の点灯を要し、湿気も著るしく、また冬は建物全体が異常に冷え込み、夏は反対に第二建物のスレート壁の輻射熱で蒸し風呂のようになる。

また、両窓の窓閉による心理的な閉塞感や圧迫感も著るしい。通風、換気も妨げられており、これらの生活利益に対する侵害ははかり知れないものがある。これらによる損害は二〇〇万円を下らない。

2 第一土地と第一建物の経済価値の低下による損害

前項のように住宅地の価格形式要因の重要なファクターである日照、通風の阻害によって、第一土地と第一建物の効用及び市場性は低下し、これによる財産的損害は、一六〇万円を下らない。

3 弁護士費用等の損害

被告の巧妙な計画的不法行為により、その損害の回復のため、弁護士費用二五万円、不動産鑑定費用一五万円を要し、同額の損害を生じた。

六  よって原告は被告に対し、民法二三四条二項但書及び七〇九条に基づき、前項の損害合計四〇〇万円の支払及びこれに対する訴状送達の日の翌日(昭和五五年八月三〇日)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因一項、二項の事実は認める。

二  同三項の事実はいずれも否認する。

三  同四項の事実中被告が原告主張のような冷蔵庫を設置していることは認めるが、その騒音は、すぐそばでも五〇ホーンにすぎず、受忍限度内のものである。

四  同五項の損害はいずれも否認する。

かえって、本件近隣地域は、建物が密集しており、第一建物も小林住宅の低価格、粗悪住宅である。また、第一建物自体南側に増築されており、建ぺい率に違反すると共に、境界との間隔も三五センチしかない。原告の主張する日照阻害等は、主にこの未登記の違法増築等部分(一階)に関するものである。しかも、以前から第二土地には建物があり、屋根上の物干しには囲いがあったため二階建てと変わらず、他方第二建物は平家建であり、その建築によっても日照等の阻害の程度にさして変化はなかったのである。原告の主張する被害云々は、いずれも受忍限度内のものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因一項、二項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

また、《証拠省略》によれば、本件各土地及び建物の位置関係等は、概略別紙図面のとおりであること、第二建物は、一部(北西部分)二階建の倉庫であって、第一土地と、第二土地及び第三土地との境界線ぎりぎりに建築され、これとの間に民法二三四条一項所定の距離を存置していないこと、しかも、第二建物は、第一建物の南面及び西面を囲むように鍵の手に建てられており、その第一建物側の側面はいずれも波型のスレート壁で直立しており、第一建物の南面に面する平家建部分の軒高も、通常の平家建家屋と較べてはるかに高く、また、その西面に面する側は二階建であること、他方、第一建物の南側には別紙図面のとおり四畳半の和室が設けられ、その南面及び西面には、それぞれ、約五二センチ×一六五センチ及び五九センチ×一六四センチの窓が設けられているが、第一建物自体も被告側境界との間に三〇センチないし三五センチ程の距離しか置いておらず、そのため、第一建物の南面においてはそのひさしと第二建物の壁面との間には約八・八センチの間隔しかなく、また西面においては互いのひさしが上下で一部重なり合ってしまっていること、その結果、前記各窓を開けると目の前に第二建物の留めねじの飛出したスレート壁が迫り、日照はもとより、特に南窓においては採光さえも著るしく阻害され、全く天空を望むことができなくなるに至っていること、さらに、右四畳半を中心に第一建物の一階南半分は、第二建物によってその南面及び西面を包み込まれるかたちとなり(なお、別紙図面のとおり第一建物の東側は、隣家との連棟構造である。)、通風の上でも大きな障害を受け、湿気が強く、日常生活における快適性が著るしく損なわれるに至っていることを、それぞれ認めることができる。

二  しかして、《証拠省略》によれば、本件各建物周辺地域は、都市計画上住居地域に指定され、建ぺい率は六〇パーセント、容積率は二〇〇パーセントで、防火地域・準防火地域の指定はないこと、付近一帯は、近年開発された住宅街で、整然と小区画に区分され、小規模な建売住宅が密集しているが、日照及び通風については区画割りや建築等にあたってそれなりの配慮がなされており、特に、建物南側については、路地等を利用して、日照の確保をはかっていること、現に、第二建物建築のために取壊された第二土地上の旧建物も、敷地北側境界線から約八〇センチを控えて建築され、しかも建物北側は平家建で、屋根上の物干台にも特に隣家の日照を妨げるような囲い等は設けられず、また、第三土地は空地であった関係から、第一建物に居住していた原告は、それなりに十分な日照等の生活利益を享受してきていたものであることを、それぞれ認めることができ(る。)《証拠判断省略》また、附近一帯に、敷地境界に接して建物を建築する旨の一般的な慣行が存在すると認めるべき証拠もない。

三  《証拠省略》を総合すると、第二建物の建築にあたっては、建築主事に対しては実際の建物とは全く異る図面に基づいて建築確認申請がなされていること、右申請においては、新築建物は木造で、建築面積は五四・二五平方メートルであり、従って工事監理者も無資格者である建築主自身とされていたこと、ところが、右申請に基づく建築確認通知を利用して実際に建築された本件第二建物は、床面積一階一二八・九一平方メートル、二階二七・三四平方メートルの鉄骨・軽量鉄骨造の建築物であり(従って、建築士法上有資格者でなければ設計及び監理をなし得ない)、これら悪質かつ巧妙な手段によって建築基準法及び建築士法の各種規定を潜脱して建築された違法建築物であること、また、建築に際しては、原告の旅行不在時に、原告に対し何らの承諾を求めることなく、前述のとおり敷地境界線ぎりぎりに建てられ、かつ、これの障害となる境界線上の原告所有の板塀を撤去していることがそれぞれ認められ(る。)《証拠判断省略》なお、《証拠省略》中には、以上の違法行為は建築請負業者において勝手にやったことで、被告は関与しないとの趣旨の供述部分が存在するが、それ自体極めて不自然であるのみならず、《証拠省略》に照らしても到底これを採用し難いものといわざるを得ない。

四  しかして、被告の右建築基準法等の違反は、それのみで直ちに原告に対する関係での違法な権利侵害になるとはいえないにしても、被告の民法二三四条一項の規定の違反は明らかであり、かつ、前記認定の各事情を総合して考えると、被告の第二建物の建築は正当な権利の行使とはいい難く、原告が第一建物について従前有した日照、通風、採光等の生活利益を違法に侵害するものとして、不法行為を構成するものといわざるを得ない。

この点について、被告は、第一建物自体建ぺい率に違反し、境界との間隔も三五センチメートルしかなく、その主張する被害の程度も受忍限度内のものであると主張する。しかしながら建ぺい率違反(特に南側和室の増築自体が右違反をもたらしたか否かについて)の点については、これを認めるに足る的確な証拠が存在しない。また、第一建物自体、境界との間に民法二三四条一項所定の距離を存置していないことは前記認定のとおりであるが、《証拠省略》によれば、右は第二土地の所有者との合意に基づいてなされたものであることが認められ、かつ、その程度に照らしても、従前原告が享受してきた日照、通風等の利益がすべて法的保護にあたいしないものということはできない。もっとも、右境界への接近により、第二建物の建築によって原告の受ける前記不利益が一層加重されていることは明らかであるから、その不利益の一部は、原告もこれを自ら甘受すべきものであることはいうまでもなく、被告の損害賠償額を算定するにあたっては、過失相殺の法理にならって右の点を斟酌することとする。

そこで、原告の損害の額について検討するに、以上認定の各事実(右原告の甘受すべき損害割合に関する事実を含む)、及び、本件証拠上認められる諸般の事情並びに《証拠省略》を総合すると、前記日照、採光、通風等の生活利益の喪失並びに閉塞感等に基因する原告の本件不法行為による精神的損害を金五〇万円と算定し、かつ、第一建物及び第一土地の市場性の低下等に基づく原告の財産的損害は金四〇万円を下らないものと認めるのが相当である。なお、《証拠省略》においては、日照、通風等の阻害による第一土地及び第一建物の個別的減価率をマイナス五パーセント、市場性低下による個別的減価率をマイナス一〇パーセントとして、右財産的損害を金一六八万余円とするのであるが、右土地建物の現況形状等に照らすと、右のような減価は、仮りに被告において境界から五〇センチの距離を置き、かつ、建築基準法に適合する建物を建築した場合にも、相当程度生ずることが考えられるのであるから、その全部が被告の前記不法行為と因果関係を有し、被告においてこれを賠償すべきものとはいえないこと等に照らして直ちに採用し難く、結局、他に的確な証拠もないので、前記事項を総合考察しつつこれを控え目にみて、その約四分の一をもって損害と認定する次第である。

次に、《証拠省略》によれば、原告は、請求原因五項主張のような費用を支出したことが認められるが、鑑定費用が本件不法行為と相当因果関係を有するものとは解し難く、本訴認容額等に照らして、弁護士費用中一〇万円をもって損害と解するのが相当である。

六  よって、被告は原告に対し、以上の損害合計額金一〇〇万円を賠償する義務があるから、本訴請求は、右金額及びこれに対する不法行為の後である昭和五五年八月三〇日(訴状送達の翌日)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小田耕治)

<以下省略>

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